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『夜間飛行』/アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ

夜間飛行 (光文社古典新訳文庫)

夜間飛行 (光文社古典新訳文庫)

  • 作者: アントワーヌ・ドサン=テグジュペリ,Antoine de Saint‐Exup´ery,二木麻里
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2010/07/08
  • メディア: 文庫
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抑制された静謐な文体と、削ぎ落とされたシンプルな構成、そこに内包されたポエジーが印象的な、サン=テグジュペリの長編。1930年代、南米とヨーロッパとを結ぶ、航空郵便事業の黎明期を題材にした物語だ。ある暴風雨の夜、一機の小型飛行機から地上本部への連絡が途絶える。郵便会社の支配人であるリヴィエールは、苦悩しつつも、自らの職務を全うしようと試みるのだが…!

訳者の二木麻里は、「解説」中で、サン=テグジュペリの資質を指して、「無言の領域で豊かに語る、本質的に寡黙な詩人」と述べているが、本作でも、まさにその寡黙さが全編を覆い尽くしていると言っていいだろう。リヴィエールをはじめとする登場人物たちは、ほとんど狂気にも近いような渇望や熱情、何としてもこれをやり遂げなくてはならない、という迸るような衝動を抱えているようなのだけれど、それらがはっきりと表立って描写されることは決してないのだ。また、人物の書き込みのみならず、各場面の描写も全体的にあっさりとしており、そのせいか、作品世界の全体が、人間の肉々しさ、生々しさから遠く離れているように感じられる。ある種、観念的、神話的な世界観だと言ってみてもいいかもしれない。

だが、それらは本作の欠点ではない。登場人物たちが肉体的なリアリティを欠いていることで、物語にはある浮遊感、思索的な感覚が漂い、本来であれば重厚で暑苦しくなりそうなテーマ――自然の恐怖や人間の弱さと戦いながら、己のミッションと見定めた夜間飛行便に挑戦し続ける――を、詩的で繊細かつ美しく描き出すことに成功しているのだ。

そしてまた、作中に漂う浮遊感は、登場人物たちの熱い想いをどこか相対化してみせるような効果も発揮している。作家は、彼らの抱く、夜間飛行便事業を成功させようとする想い、危険を顧みず暗闇の夜空に飛び立ちたいという想い、どんよりと淀んだ日常に秘められたままの想い、それらすべてをふわりと詩情のなかに包み込み、読者の前にただ提示してみせているのだ。

「ひとの生に価値がないとしてみよう、われわれはいつも、それ以上に価値の高い何かがあるようにふるまっているのだから……。だが、その何かとは何なのか?」(p.98)

「いま逝こうとしているかもしれないあの二人とも、幸福な人生を送ることができたはずだ。」夕暮れのランプが金色にともされた食卓、その聖域でうつむいて祈る顔が心に浮かんだ。「自分は何の名において、そこから二人を引き離したのか。」(p.99)

おそらくは救うべき何か、より永らえる何かが存在するのだ。おそらくは人間のその領域に属するものを救うために、リヴィエールは働いているのではないか。そうでなければ、この活動を正常化することなどできはしない。(p.99)