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夏休み日記 09(その2)

8.26
予定通り早朝に大阪に到着。空は曇っていていまいちぱっとしない天気だけど、気にせず電車でがんがん西へ向かっていく。姫路で一服して朝食をとった以外は休むことなく移動して、12時頃には岡山を過ぎ、茶屋町に着いた。ここから宇野線に乗れば、もう直島はすぐ近くだ。

宇野線の車内に入ると、一気に空気が田舎な感じになっていて、あー、結構遠くまで来たんだな、ってようやくおもった。車内は部活に行くんだか帰るんだかの高校生でいっぱいで、窓の外にはひたすら田園風景が広がっている。太陽光を反射させてきらきらと光る瀬戸内海が見えたりもして、たのしい。

宇野に着く。空はもうすっかり晴れていて、駅のすぐ目の前にある海が青い。直島行きのチケットを買い、昼食をとって、小さな白いフェリーの待つ乗り場に向かった。まだ1時半だ。

 *

乗客の4分の3くらいが地元民、って感じのフェリーでの船旅はせいぜい15分くらいの短いもので、あっけなく直島に到着してしまう。おー島だね、田舎だね、何もなさそうだね、っておもい、俄然旅気分が盛り上がってきたところで、港のすぐ近くに草間彌生のど派手なカボチャが設置されているのを発見。ずいぶんあっさりと置いてあるのがいい感じだし、なぜか風景に溶け込んで見えるのがふしぎで、おもわず引き寄せられる。不気味だけどかわいい。
   
きのうの昼休みに予約した宿(素泊まり、相部屋で3000円)に荷物を置いて、レンタサイクルを借りることにした。そんなに大きな島じゃないから、結構簡単にあちこち回れてしまうらしい。まずは本村地区でやっている、家プロジェクト――古い家屋をいろんなアーティストが改修して作品化しているもの――の建物をひとつひとつ回ってみることに決めた。

本村地区まで来ると、さすがに観光客が結構いる。全体に若い人が多くて、大学生くらいの女の子のグループなんか、多かった気がする。家プロジェクトの建物たちは、普通の住宅地のなかにさりげなく建っているものだから、地図をちゃんと見ないでうろうろしていると、なかなか目的地にたどり着けない。

ようやく見つけた家たちは、どれもぱっと見たときの印象が強烈なものばかりで、とくに建築に詳しいわけじゃない俺が見てもなかなかたのしめた。なかでも南寺の空間はちょっと他では経験したことのないようなおもしろさで(若干ネタばれっぽいので詳しくは書きづらい)、このふしぎな暗闇のなかで一日過ごせたらいいのになー、なんておもったりした。太陽はここにきて全力で照り始めていて、チャリを漕ぎまくってあちこち回っているうちに、すっかり汗だくに。

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夕方、港の近くに戻って、堤防に座って一息つく。たっぷり汗をかいて疲れた身体に、海風が気持ちいい。家プロジェクトも美術館も夕方までしかやっていないせいか、あたりには観光客の姿がほとんどなくなっていて、ものすごく静かで落ち着ける場所になっていた。時折もやい綱がぎいっていう音と、海水がぽちゃぽちゃって寄せる音、小さな虫の声、本当にそのくらいしか音がない。風は穏やかで涼しく、港に沈んでいく夕日の淡いオレンジ色を眺めていると、うん、やっぱり来てよかったな、とおもった。

すっかり夕日も沈んでしまった頃、犬と一緒に散歩しているおばさんがすぐ近くを通りかかった。と、その犬がものすごく切なげな顔をして(なんていうか…とにかくそういう顔の犬だったのだ)じっと俺の顔を見つめてくるではないか。そして微動だにしない。20秒くらいそうして見つめ合っていたとおもうのだけど、これがまあ、だんだんこっちも苦しくなってくるくらいに、絶妙に切なげな表情なのだ。なんだかうっかりいろいろなことをおもい出してしまうような…。いやいや、そんなんじゃないな、犬の顔が切ないんじゃなくて、単に俺が自分の切なげな気分を犬の顔に投影しちゃってるだけだ…とか、頭がぐちゃぐちゃしてきたところで、ごめんなさいねー、というおばさんの声ではっとして、今度はおばさんと顔を見合わせてちょっとわらった。犬はおばさんに引っ張られるようにして去っていくそのときにも、また足を踏ん張って10秒くらいこっちを見つめてきた。なんだかどきっとしてしまう。

 ***

6時半過ぎ、宿へ。シャワーを浴びて、ベッドであしたの移動計画を練っていると、大学生っぽい男子が入ってきた。ここは4人の相部屋なのだ。こんちはー、お疲れっす、って2人でちょっと話していると、なんとお互い中野区の住民だということが発覚、まじかー、世間狭いねー、なんて盛り上がる。彼が、さっき店で地元のひとから聞いたんすけど、って夜景のきれいなスポットを教えてくれたので、じゃあ一緒に行こうよ、という流れになり、2人でチャリを漕いで真っ暗な島を走ることに。

いろいろしゃべりながらひたすら山道を上り、たまに下り、また上って上って上っていく。あたりには電灯がほとんどなく、曇り空のなかで弱々しい月明かりを頼りに、ひたすらにチャリを漕いでいった。途中で超巨大なごみ箱のオブジェを見たり、ねこバスの停留所みたいなのを見つけたり、暗闇のなかでどういうわけかしょっちゅう顔に引っかかる蜘蛛の巣を払いのけたりしながら、長い時間をかけて山の上までたどり着く。汗をかいてひーひー言いながら開けたところに出ると、たしかにそこには息をのむような夜景が広がっていた。

曇っているから星はあまり見えず、海の向こう岸の明かりだってそんなに多くはなかった。ただ、その代わり、明るく輝く月が静かな海の上にまっすぐ光を落していて、それがまるで海と月とを結ぶオレンジ色の道みたいに見えたのだった。5メートル先もよく見えないような濃密な暗闇のなかで、そのオレンジ色はほとんど神秘的に美しく、俺は口を開けて眺めてしまっていたとおもう。2人して、これはやばいね…とつぶやき合い、いやー、来てよかったね、めっちゃ疲れたけど、とわらい合う。その後、彼はデジタル一眼で月が海に映し出す光の道の画をなんとかものにしようとがんばっていたけど、なかなかむずかしいみたいだった。

急な坂をジェットコースター気分で一気に駆け下り、宿まで戻る。隣にあるバーでちょっと飲みつつ話をした。これからのプランのこととか、一人旅っていいよね、何するのも自由って感じがさ、とか、そんな話。

部屋に帰って、同部屋の他の2人(長髪・ヒゲ・口元にでっかいピアスのかっこいい兄ちゃんと、なぜか地元民と一緒に釣りしてました、って大学生男子)ともちょっと話をしたりして、日付が変わる前には就寝。きょうはたくさん動いて疲れた。