
- 作者: アーネスト・ヘミングウェイ,福田恒存
- 出版社/メーカー: チャールズ・イー・タトル商会
- 発売日: 1955
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文章はあくまでもハードボイルドで、つまり登場人物が自分の内面を延々と語ってみたり、思索的な内容が直接に書かれたりすることはない。主人公である老人、サンチャゴのひとりごとや心理描写もごくシンプル。思考や感情をぐるぐると回してみせたり、言い訳がましいことを書いたり、っていうようなことも、もちろんない。とはいえ、それは叙情性、ウェットなところを引き立てるためのドライさである、っていうような部分は当然あって、だから時折見られるセンチメンタルな文章は独自の輝きを見せることになる。
とにかく風はおれの友だちだ、とかれは思う。そのあとで、かれはつけくわえる、ときによりけりだがな。大きな海、そこにはおれたちの友だちもいれば敵もいる。ああ、ベッドというものがあったっけ、とかれは思う。ベッドはおれの友だちだ。そうだ、ベッド、とかれは思う。ベッドってのはたいしたもんだ。打ちのめされるというのも気楽なものだな、とかれは思う、こんなに気楽なものとは知らなかった。それにしても、お前を打ちのめしたものはなんだ。
「そんなものはない」かれは大声でいった、「おれはただ遠出をしすぎただけだ」(p.110)
そうだな、打ちのめされるのなんて気楽なもんだよな、と俺もおもう。あと、ベッドってのがたいしたものだ、ってところにも強く賛同したい。
まあ、ものすごくすきな小説ってほどでもないんだけど、やっぱり上手いよなー、とは何度もおもわされた。巨大カジキと対峙するシーン、帰りみちのやるせない感じもちろんすごいんだけど、最初と最後のサンチャゴとマノーリンとの会話の場面が効いてるんだよなー。サンチャゴが海の上でひとり、「あの子がいたらなあ」、「あの子がついていてくれたらなあ」ってマノーリンのことをおもってひとりごちる場面がくる度に、俺はいちいち胸が締めつけられるような心地になっていた。そうだ、あの子がいてくれたら。あの子さえここにいてくれたら。