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『光車よ、まわれ!』/天沢退二郎

光車よ、まわれ! (ピュアフル文庫)
小説家にして詩人、そして宮沢賢治研究者でもある天沢退二郎によるファンタジー。巻末の“解説”で三浦しをんがこの作品に対する熱いおもいをほとばしらせているけど、たしかにこれは一風変わった、でも児童文学の良質なエッセンスが詰め込まれた小説だとおもった。

昭和の中頃くらいの日本を舞台にしたファンタジーで、小学生たちがふしぎな力に導かれるように「敵」と戦うことになる、って、ごくシンプルな話。なのだけど、その物語の運びは正直言って強引で、ところどころに大胆な省略や飛躍が見られるのがおもしろい。ストーリーのごく序盤からはっきりと「敵」がいて、それを倒すために「光車」を集める必要がある、ってことは明らかにされているのだけど、それに関する理屈はいっさい説明されないし。強烈なイメージがどんどん先行していくから、読者はひたすらそれに食いついていくしかない、って感覚がある(でも、それこそがたのしい)。

そういうところからは、『崖の上のポニョ』をちょっとおもい出したりもした。いわゆるリアリティの構築にではなく、イメージの鮮烈さ、理屈や論理の網の目からこぼれ落ちていくものへと向けられたまなざしがあって、それがこの小説を魅力的なものにしているような気がする。完成度、みたいな価値観から距離を置いて読んでみれば、相当おもしろい児童文学なんじゃないかな、とおもう。

あと、ところどころでホラーっぽい、さりげなく不気味で、恐ろしさを煽るような手法が用いられているのもよかった。小学生のころに読んだらぜったいはまっただろうなー、なんておもったり。

校門から坂をくだって、すぐ左へおれると、道路工事のあとでまだアスファルトを敷きなおしていない道がずーっとつづいている。今朝からのすごい雨のために、無数の水たまりがつながりあって、まるでおとし穴のむれのように、一郎の行くてにまちうけている。一郎はできるだけくつをぬらさないように、ぴょんぴょんと水たまりをつづけざまにとびこえたり、大きな水たまりのへりをそっとつまさきで歩いたりしながら、いっしょうけんめいすすんでいった。
水たまりのひとつひとつに空がうつって、そのひとつひとつの空を、雲がぐんぐんかけぬけていく。いっしょうけんめい、その空や雲を見ながら歩いているうちに、どっちが上でどっちが下なのか、どの空が本ものの空なのかわからなくなってきた。
そしてやがて、目の下、足の下をどんどんうごいていく水たまりのなかに、ひょい、ひょいと、なにか見なれないものが顔を出すのに気がついた。
とくに大きな水たまりのへりを通るとき、一郎がすこし歩みをゆるめて、そこにうつったさかさまの世界を注意ぶかくのぞいてみると、水面にひょいと、まんまるな顔がひとつ、一郎の方をのぞきこんだかと思うと、すぐパッとひっこんだ。
一郎はあわてて顔をあげて見まわしたけれど、道の両側にはぬれた生垣をめぐらした家がならぶばかり、一郎のまわりにはだれもいないのだ。
一郎はまた小走りに歩きだした。(p.14,15)