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『窓の灯』/青山七恵

窓の灯
青山七恵のデビュー作。大学を辞めたまりもは、よく通っていたスナック風喫茶店で住み込みバイトとして働きながら、退屈な日々を送っている。最近の日課は、向かいのアパートに越してきた男の部屋を観察、というか覗き見することなのだけど、特に大した理由があってそうしているわけでもない。喫茶店の女主人、ミカド姉さんはちょっと謎めいたオトナの女、って感じの人で、まりもは彼女に憧れを抱きつつも反発したい気持ちもやっぱりあって…、というのが、まあ大枠のところ。

物語を牽引していくのは、ミカド姉さんに対するまりもの複雑な感情で、それがなかなか切実さを感じさせるのがいい。鬱屈した気持ちや子供っぽさの抜けきらない心情もていねいに描かれていて、読ませる。

姉さんの体はうまくできていると思う。例えば、姉さんの長い髪はパーマがでろんと伸びきっていて、毛先はあちこちを向いている。彼女が大きくカウンターに乗り出すと、その柔らかい毛の束は時々おじさんたちの手元をくすぐる。すると彼らはその束を引っ張って、姉さんを困らせる。彼女の小さな悲鳴を聞いて喜んでいるおじさんたちは、まるで小学生みたいに幼稚で、かわいそうな奴に見えた。そんなとき、姉さんのピンヒールのつま先は、決まってゆっくり床をつついている。カウンターの外では聞こえないそのリズムを、私だけは知っている。最初にそれを発見したとき、背筋がぞっとするような居心地の悪さを感じた。次の瞬間やってきたのは、なぜか誇らしい優越感だった。(p.19,20)

私は姉さんの一挙一動を注意深く観察して、よく見定めようとする。すると、姉さんの一つ一つの言葉や立ち居振るまいは、「女の人」の見本として私の頭に日々少しずつ刷り込まれていく。そしてそれは、ほとんどやみくもな羨望と交じり合って、そのまま体の深くに沈んでいくのだった。(p.20)

姉さんが本当は何を見ているのか、知ろうともしなかった。すぐ隣にいれば、いつか自然と彼女の考えが自分自身のことのようにすっと理解できて、彼女のようになれるだろうと思っていた。この店に来てから半年しかたっていないのに、ずいぶん長いこと私はそれを待っていたように感じる。それなのに、どうして私はいつまでたっても姉さんがわからないんだろう。(p.106)

ミカドに対する憧れと蔑み、どうでもいいけどどうでもよくない、みたいな微妙ないろいろが入り混じった感情が、小説全体からじわりと染み出してくる。そこに覗き見っていう、ちょっと後ろめたいけどでもやっぱり気になる…、っていう、これまた微妙な心理を絡めてくる感じがおもしろい。

あと、すらりと落ち着いた文章のなかに、ほのかなエロスを感じさせるところがあったりなんかして、そういうところも結構すきだった。夏のもあっとした熱気や湿度の感覚がいい具合に生かされていて。抜群に上手い小説、ってわけでもないし、なかなか地味な作品だとはおもうんだけど、俺はこの地味なところがわりと好みだなー。