1, 2作目の感じからすると、ジャンクな断片をたくさん寄せ集めて無理やり形にしてしまうような強引さ、無秩序だけど勢いがあるみたいなところがこの作家の特徴かとおもっていたのだけど、今作で語られる3つの物語は、いまままでよりずっとていねいに構築されている。そのために、前2作と同様のモチーフ、他者と絶対的に隔絶されているような感覚、なんて言ったらいいのかな、そういうのが際立ってきているし、ミステリ的なオチ(3つの物語がきれいに収束する)みたいなものもうまく決まっている。一言で言うと、いままでより技巧的な作品、ってことになるだろうか。
ネットなんかで人の感想やレビューを見ていると、『水没ピアノ』は佐藤友哉の初期の傑作である、とするような意見が結構多いみたいだった。それはおそらく、作品の構造、というか図式がかなりよくできている(緻密、というのは少し違う気がする…)ことと関係しているんじゃないだろうかとおもう。いままでみたいには破綻した感じがしないのだ。
もっとも、文章なんかは前2作と同じでぺらっぺらだ。
なかなか独創的なセンスとユーモア、そして究極的な救いに満ちた感情、僕はそれを手にしなければならない。指を切断されたのだから、その権利があってしかるべきじゃないか。喪失と獲得は交換される。大抵の物語はその法則にしたがっている。死は生へと転じ、絶望は希望を生む。狂気は正気につながり、破壊は再生と化す。僕は僕の指を切り取られた。さてさて……それで何かを得たのか?断言しよう、何も得ていない。僕は依然として空っぽであり損失の王様だった。空虚の絨毯爆撃を支持する独裁者だった。指を切断されたというのに何もない。希望もない。感情もない。
あるのはいつも通りの僕だけ。
僕は物語の法則が通用しない場所にきてしまったのだろうか。(p.410,411)
ただ、このぺらぺらした感じでしか表現できないような無防備さ、切実さがこの作品にはたしかにあるようにもおもえる。それは共感できるようなものではないにせよ、ついついページをめくってしまうような牽引力のもとになっている。俺は前作や前々作の雑然としたエナジー、物語がまるで収束しない感じの方が好みかなー、とおもうけど、でも、これはやっぱり、かなり読ませる小説だ。