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『青空感傷ツアー』/柴崎友香

青空感傷ツアー (河出文庫)
会社を辞めた26歳の芽衣は、6コ下のむちゃくちゃ美人かつわがままな女友達、音生と2人で、大阪→トルコ→徳島→石垣島へとふらふらと旅しつづける。っていう、まあそれだけの話。でも、それだけで十分におもしろいのがこの小説の素敵なところだ。

柴崎友香っていうと、文章、とくに描写のうまさには定評のある作家だとおもうけど、この小説のいちばんの魅力も、描写というか、語り手である芽衣の視線の動きがていねいに描かれているところにあるだろう。精密といってもいいその描写を読んでいくなかで、芽衣にとっての世界のあり方がうっすらと染み出してくる、というか。そこで感じられるさびしさやよろこびの感情は、つよく主張するようなものではなく、ただ漠然としていつつも独特のリアリティを持っているようでもある。

物語をドライブしていくのは音生のわがままや気まぐれ、おもいつきといったもので、芽衣は状況にふわふわと流されているだけのキャラクターみたいにも見える。芽衣は極端に「きれいな顔」に弱い、という設定で、そのために「完璧な外見」を持つ音生に不満を持つことはあっても、なんだかんだで振り回されてしまうのだ。ただ、そういう芽衣の性格が、物語の展開のなかで変化していったり、ことさらに成長していったりすることはない。

だからこの小説は、いわゆる“行きて帰りし物語”的な、旅を通しての成長、変化が描かれる小説ではない。けれどかといって、音生の強烈なキャラクターを描くためだけに芽衣が語り手になっているわけではなくて、一言で言ってしまうと、“芽衣がとにかくいろんなものを見る”という小説になっている。

…って、説明が下手すぎてアレなんだけど、でも、柴崎友香の小説のおもしろさって、やっぱり説明しづらいとおもう。なんていうかな、この小説は芽衣の内面を描いているというより、むしろ芽衣にとっての世界のあり方全体を描いているみたいな感じなのだ。芽衣の視線や感覚を通して語られるいろいろを読んで辿っていくなかで、そうか世界ってこういう風にも見えるのか、っていうような驚きというか、おもしろさが感じられるところがあるんじゃないかとおもう。

てきとうにページを開いて、すこし引用してみる。

わたしは、音生の後ろに広がっている海と空を見た。距離の目安にするものがなにもないので、水平線がどのくらい遠くにあるのかわからなかったけれど、たぶんものすごく遠いところまでわたしには見えていた。空の青と海の青は違う青さで、海の青色は今までに知っていた海とはまったく別の水のように思える、発光しているような薄緑色だった。昨日は曇っていたけれど、それでも海はやっぱり光を放っているような透明感のある色だった。曇っていても海の色がそんなにきれいだということに、飛行機から八重山の海を初めて見てその色に驚いたときと同じくらいびっくりした。
右側を見ると、沖へ走っていくグラスボートが、音もなく滑らかに揺れている。海の上で動いているものはそのボートしか見えなくて、あとは海と空ばっかりだったけれど、わたしは少しも飽きないで一週間毎日見ている海と空をまだずっと見ていた。そして、ただ、海があって、空があって、青くて、光ってるなあ、と同じことを何度も繰り返して思っていた。(p.158,159)

単純に、こういう文章のおもしろさこそが、この小説の持つおもしろさなんじゃないか、って気がする。ただ目の前に、景色や人やいろんなものの動きやなんかがあって、ただ、そういうのがあるなあ、って何度も繰り返し感じたりおもったりしている、っていう。そこには大仰な物語性や比喩性といったものは求めるべくもないのだろうけれど、でもたしかな広がりや豊かさが感じられる。それは、それだけでもう十分におもしろいことだ、って言っていいんじゃないだろうか。