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『ペット・サウンズ』/ジム・フジーリ

ペット・サウンズ (新潮クレスト・ブックス)
ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』について、とにかく愛情たっぷりに語っている一冊。エッセイと評論の中間をいくような作風で、アルバムの魅力を、というか、アルバムに対する著者のおもい入れを存分に描き出している。

俺も『ペット・サウンズ』のCDは持っているし、"Wouldn't It Be Nice"とか、"God Only Knows"なんかは相当すきな曲だけど、これが自分にとってすごく大切なアルバムか、って言われれば別にそんなでもなかった。この本にしたって、(きっと多くの人がそうであるように)村上春樹訳じゃなかったら手に取ることはなかったとおもう。でも、自分のすきなものをうれしそうに語っている人を見るのは、いつだってとてもたのしい。この本では、著者のジム・フジーリがおもい入れたっぷりに『ペット・サウンズ』を語ってくれていて、その叙情感過多な文章を読んでいるうちに(そして、読みつつ曲を聴き直していくうちに)、なんだかすっかりこのアルバムがすきになってしまった。

『ペット・サウンズ』は僕やあなたについての音楽である。子供や女性、あるいは男であっても、感受性や自己認識をいくらかでも持ち合わせ、そしてまた人生の避けがたい浮き沈みを既に経験したり、ゆくゆく経験することを前もって予期している人であれば、その作品の中に自らの姿を見いだすことができるはずだ。あるいはまた、そのような心を持つ人であれば必ず、その作品が顕示するものによって、変化を遂げたり、(そこまでいかずとも)大きく心を動かされたりするはずだ。(p.18)

感傷的な文章が多いのだけど、そこに込められた熱にはついついこころを掴まれてしまう。自分のすきなものについて語る方法の、ひとつのすばらしいありようだとおもった。

僕が言いたいのは、世の中の人々は「この世界の中で、自分がどれほど孤立していると感じているか」とか、「自分が感じている気持ちが、ほかのみんなが当たり前に馴染んでいるいくつかの感情と、どれほどかけ離れているか」とか、「愛することや受け入れられることを切実に求め、そんな人生に不可欠な要素を手に入れて、やっとそれに馴れたところで、ある日何もかもあっけなくどこかに消え去ってしまうのではないかと思うと、不安でたまらない」とか、そんなことを気楽に語り合ったりはしないということだ。もし誰かがその手の話題を持ち出すことがあったとしても、そのような発言が説得力を持っていたり、明瞭性を備えていたりすることは希である。(p.166,167)

そういう希な説得力、ちからを備えているのが、『ペット・サウンズ』だ、という主張だ。こんなこと言われたら、ちょっとちゃんと聴きなおしてみなきゃな、って気になっちゃうよなー。

人に何かを言おうとするとき、何かを伝えようとするときにだいじなのは、“何か”っていう結論めいたものそれ自体を熱心に解説することじゃなくって、それに至るまでのディテールとか、こころの動きみたいなものをリアルに相手に伝えようとする努力なんだろうなー、なんてことを改めてかんがえさせられた。むずかしいんだよねー、そういうのって。