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『母なる夜』/カート・ヴォネガット・ジュニア

母なる夜 (白水Uブックス (56))
第二次大戦中、ドイツでプロパガンダ放送に従事していたアメリカ人の男の物語。彼はナチであると同時にアメリカのスパイでもあって、放送によって本国に情報を送り出してもいた。戦後、男はドイツにもアメリカにも居場所を失い、ニューヨークのグレニッチヴィレッジにて暗い逃亡生活を送っているのだが…!というのがまあ大筋のところで、男が過去を回想するかたちで小説は展開していく。

ヴォネガットにしてはずいぶんストレートな語り口の小説だとおもった。つまり、煙に巻くようなところや、皮肉っぽくわらって放り投げてしまうようなところがあんまりない。主人公は自らの行動を弁護することもなければ、その境遇、不運をことさらに嘆いたりすることもない。ただ淡々と自分のいままでを語っていくだけだ。

しかしわたしはいつでも自分のしていることを知っていた。わたしには自分のしたことを背負って生きてゆくことがいつでも可能だった。どうやってか?近代の人類のあいだでは珍しくない簡単な恩恵――精神分裂によってである。(p.190)

人は誰しも自分という役を演じながら生きているところがある、なんて言い方はよくされるけど、演じている役とその人本人とを単純に切り離してかんがえることはできない。たとえ役を“演じている”つもりであったとしても、その役を自分のものとして引き受けた時点で、役と人とは一体化してしまう。役はいつのまにか、その人の属性になってしまっている。

「どうぞナチに分類してください」とわたしは疲れて言った。「分類でもなんでも。もしそれで一般の道徳のレベルが少しでも向上すると思ったら、わたしの首を吊ってください。この人生にはもう値打ちがありません。戦後の計画はなにもありません」(p.206,207)

戦争の時代を舞台にしているけれど、時代の流れやその激しいちからを描いたというよりは、もっと普遍的な人というもののあり方の悲しみを感じさせる作品だった。また、ユーモアを強調するというよりも、悲惨とそのなかでの愛に焦点が当てられている。"alles kaput"になってしまった、という感覚は言いようもないくらいに悲しい。