小説のストーリーとしては、ドラッグでよれよれの主人公がヒッチハイクをして、その車が事故に遭う、ってまあそれだけなんだけど、もちろんこれはストーリーうんぬんで語るような小説ではない。ついでに、心理描写のきめ細かさが…とか、感情を排した描写が…的なことを言ってみても、なんだかばかばかしい。うーん、うまく言い表せないので、ちょっとだけ、引用してみる。
めちゃめちゃになった車からぶら下がっている男は、俺が通りかかるとまだ生きていた。そいつがひどくやられているという事実に俺はだんだん慣れてきて、立ち止まり、自分にできることが何もないことを確かめた。男は騒々しく、無作法にいびきをかいていた。息をするごとに血が口から泡を立てて出てきた。もうあと何回も息はしないだろう。俺にはそのことがわかっていて、こいつにはわからない。ゆえに俺は、この世における人間の一生のひどく哀れなることにつくづく感じ入った。人間みんないずれ死ぬってことじゃない、べつにそれがひどく哀れなんじゃない。俺が言っているのは、こいつは自分が何を夢に見てるのか俺に伝えられないし、俺はこいつに現実はどうなっているのか教えてやれないってことだ。
かっこいい…!狂った人物が描かれている小説は世の中にたくさんあるけれど、小説そのものが狂っているように感じられるものって、そうそうはない。ドラッギーな感覚が強いのに、非常に技巧的でもあって。とくに、小説のいちばん最後の段落なんか、すごいとしか言いようがない。て、天才だ…、っておもって、震えた。
雑誌には、原文と日本語(柴田元幸訳)とが並べて載っているので、見比べながら読めてたのしい。上の引用の部分なんかは、原文のほうが切れ味があるかも。