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『青空チェリー』/豊島ミホ

この本の魅力は、どの作品の主人公も、自分の身近にいそうな、いまっぽいリアリティを持っている、ってことに尽きるようにおもう。それは、実際に小説で描かれているようなしゃべり方をするやつがいるとか、描かれているようなことをしちゃう子がいるとか、そういうことではなくて、小説としてのリアリティがちゃんと成立している、ということだ。それはたとえば、内容と形式、というような区分でかんがえてみれば、小説内で語られている内容と、それを語る語り口との間に齟齬がない、そのふたつがしっかりと結びついている、ということになるだろう。その結びつきによって――内容や語り口そのものの質はどうあれ――、小説のもつリアリティ、説得力が生まれてきていて、それでこの作品は魅力的になっているんだとおもう。はっきり言ってしまうと、全体的に描写がうすっぺらい印象をうけるのだけど、そのうすっぺらさにこそ、リアリティがあり、また切実さもある、っていう感じがする。

短編が3つ入っているので、以下、1編ずつ。


○「ハニィ、空が灼けているよ。」
これは、一読して、いわゆる「セカイ系」ってやつなのかなー、とおもった。Wikiで調べてみると、狭義のセカイ系とは、

「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、『世界の危機』『この世の終わり』など、抽象的な大問題に直結する作品群のこと」と定義される場合があり、

とある。この小説で具体的に描写されるのは、主人公の女子大生“ハニィ”と、“ダーリン”、“教授”の3人だけといってもいいくらいで、そこに“セカイ”みたいなものの圧倒的な大きさや流れ、そのいかんともしがたさが絡まってくる、っていう展開であるからして、あながち定義から外れていないような気もする。もちろん、作品についてかんがえるときに、それが何系か、なんていうのは大して重要なことではないのだけれど、でも、「セカイ系」的な特徴がこの小説からは感じられるようにおもった。というのも、正直、主人公たち3人以外のエピソードや描写には既視感があったり、ちょっと平板な印象を受けてしまって。ただ、それでいてこの小説にどこか惹きつけられるものがあるのは、やっぱり、そういううすっぺらさにどこかリアリティを感じるような自分がいるからなのかなー、ともおもう。


○「青空チェリー」
タイトルがいいね!さわやかな感じで。これは、昼休みにラブホをのぞき見してオ×ニーする予備校生のあたし、の話。さわやかなエロ、って感じもあるのだけれど、どっちかっていうと、あまずっぱいなーっていう印象のがつよかった。ちょっと粗い文体なんかも、この主人公にマッチしていて意外といい感じ。あー、いまの日常のことばで書かれてる、ってぼんやりとおもった。

結構、思うだけなんだ。何にしても。思ったことをきちんと実行に移せる人間は、変態にならない。ついでに浪人もしない。そんなことをぼんやりと思う。また、思うだけなんだけれど。そうやって思考がうつろいでいって、欲望はちょっと縮んだ。(p.148)

なんか、小説を読んでる、っていうより、身近な誰かの話を聞いているような気分のが近い気もするのだけど、こういうのもひとつのあり方だとおもう。この本に収録された3篇のなかではいちばん粗っぽい出来だけど、俺はこれがいちばんすき。


○「誓いじゃないけど僕は思った」
中学生のころすきだった女の子のおもいでを、大学卒業間近になっても抱え続ける、しょうもない僕、の話。主人公は言ってみれば“痛いやつ”であって、やっていることなんかも結構しょうもないのだけど、その抱え込んでいるおもいではとにかくあまずっぱいのだし、痛さとあまずっぱさっていうのが、ほとんど必然的に、とでもいうように同居している感じはいい。


文庫の背表紙によると、『青空チェリー』は第一回「女による女のためのR-18文学賞」で読者賞を受賞した作品らしい。あと、「女の子のための三つのストーリー。」とか書いてあって、結構これを気に入っちゃってる俺って、なんか、どうなんだろ…などとおもいつつ読んだ。軽くて、後味さわやか。でもどこかにリアリティを感じられる、たのしい小説だった。