あたしはあたしのベッドで眠った。あたしは夢はみなかった。それはめずらしいことなの。つまりあたしの夜は一瞬で朝になった。それはあたしの朝だったけれども同時にあたしたちの朝なんだってじきに知る。だってその男の子はいる。ほら。あたしはおはようっていって。男の子はあさですっていって。それからあたしはキッチンに向って。二カップの米をとぐ。無洗米はつかっていないの。あれはきらいだから。
こんなテンポの、読点のない文章が、最初から最後までつづいていく。この小説のいちばんのおもしろさは、やはりこのリズム感、グルーヴにあるのではないかとおもう。とりあえず、俺はこの小説の文章がかなりすきだ。
もっとも、語りがずっとつづくだけあって、やっぱり描写のうすい感じは否めないし、物語の展開そのものということになると、俺はあんまり惹かれるものがなかった。小説の後半、それまで動きの少なかったストーリーは、ぐんぐんとスピードを上げて展開していくようになる。でも、その展開そのものには、文体ほどの鮮烈さがない、というか。むしろそれよりも、前半の、ことばはどんどん重ねられていって、いっけん饒舌なのに、どういうわけかまるで世界が見えてこない、という感じのほうがずっとおもしろくおもえた。登場人物たちなんかも、ひじょうに個性的な性質をそれぞれ持っているのだけど、顔が見えてこない、というか、リアリティみたいなものがすっぽりと抜け落ちているような印象で、でもそんな感じがおもしろかった。
古川日出男の小説は、まだ2,3作しか読んだことがないので、今後ちょっと集中して読んでみようかな、とおもう。