- 作者:フィリップ・K・ディック
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1991/11
- メディア: 文庫
ディックの視線は、疎外者、不適応者としてのジャンキーたちに同情的ではある。その叙情感をベースにして、物語は進行していく。しかし、主人公の悲惨な現実崩壊のドラマにしても、やはりシステムの働きのなかであくまで人為的に仕掛けられたものであって、そこにはどのような意味でも、救いといえるような救いはない。
小説中に、台所の流しのしたで小さな骨のかけらを見つける、ごく短い描写があって、江國香織の『流しのしたの骨』をおもいだした。『暗闇のスキャナー』とはまったくかけ離れた、いっけんひたすら穏やかで、ゆったりとした世界のはなし。そこでは、流しのしたにある骨のイメージは、温かで平らかな世界のすぐしたにある、なんだかよくわからない冷ややかなものとして提示されていた。日常のなかに潜み、けっして解消されることのない不気味さ。ディックによる流しのしたの骨の描写は、どうしようもなく崩壊してしまった現実のなかで一瞬垣間見える、失われてしまった平穏や、生の温かみのイメージを浮かび上がらせていた。ちょっとセンチメンタルだけれど、世界を冷徹に描いていくなかでも、そうやって素直に切なさをさらけだしてしまう感じが、やはりディックの魅力だとおもう。
- 作者:江國 香織
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1999/09/29
- メディア: 文庫