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本、映画、音楽の感想/レビューなど。

『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』/スティーヴン・ウィット

従来の音楽ビジネスが崩壊していく季節の様子を、①mp3の産みの親であるドイツ人技術者、②音楽業界のトップエグゼクティブ、③ユニバーサル・ミュージックのプレス工場からCDを盗み出しては違法海賊サイトに音源をアップしまくった若者、という三者の物語を通…

『蝿の王』/ウィリアム・ゴールディング

戦争の最中、疎開する子供たちを載せた飛行機が不時着、南国の無人島に数十人の思春期前の少年たちが取り残されてしまう。大人のまったくいない、ある意味では楽園とも言えそうな南国の孤島で、彼らは自分たちなりにリーダーを決め、ルールを作り、島内を探…

『ないもの、あります』/クラフト・エヴィング商會

「よく耳にするけれど、一度としてその現物を見たことがない」ものたちをクラフト・エヴィング商會の「商品目録」という形で紹介していく一冊。「堪忍袋の緒」や「口車」、「左うちわ」、「無鉄砲」、「おかんむり」などなど、日本語のことわざや慣用表現の…

『僕の名はアラム』/ウィリアム・サローヤン

サローヤンによる短編集。古き良き、と言っていいような、20世紀初頭、アメリカはカリフォルニアの田舎町での、「僕」と周囲のアルメニア人移民の家族や村の人々との生活を描いている。 物語世界に悪人は登場せず、登場人物たちは、みな大らかで明るく、基本…

『雨はコーラがのめない』/江國香織

江國の愛犬、オスのアメリカン・コッカスパニエルの「雨」との生活と、その生活のなかでの音楽について書かれたエッセイ集。江國の小説や文章には、なんだか雨が似合うイメージ――ひそやかに、静かにしっとりと降る雨、世界をふわりと白く曇らせるような雨――…

『読む・打つ・書く 読書・書評・執筆をめぐる理系研究者の日々』/三中信宏

進化生物学の研究者である三中が、どんな風に本を読み、書評を打ち、本を書いてきたか、について、ひたすらに細かく書き連ねている一冊。文系だとよく見かける類の本だけれど、理系ではなかなか珍しいのではないか。全体的に、とにかく記述が具体的で細かい…

『かわいい夫』/山崎ナオコーラ

タイトルの通り、山崎ナオコーラが自身の「かわいい夫」について書いたエッセイ。元が新聞の連載だったということで、ほとんどが2、3ページに収まり、強烈に感情を揺さぶることのないような、ほんとうにちょっとした話、になっている。そのあたり、なかなか…

『ワインズバーグ、オハイオ』/シャーウッド・アンダーソン

9世紀末のオハイオ州の架空の町、ワインズバーグに暮らす人々の小さな物語を集めた短編集。アメリカ中西部の田舎の小さな町で生きるということの倦怠や耐え難いほどの閉塞感、息苦しさ、不安や生き辛さといった感情に焦点が当てられており、ほっこりする話や…

『スタイルズ荘の怪事件』/アガサ・クリスティ

アガサ・クリスティの長編第1作。戦傷を負って帰国したヘイスティングズは、友人の暮らすエセックス州の田舎屋敷、スタイルズ荘に滞在することになったが、到着して早々、事件に巻き込まれてしまう。屋敷の女主人、エミリー・イングルソープが毒殺されたのだ…

『わたしだけのおいしいカレーを作るために』/水野仁輔

カレー研究家の著者による、「わたしだけのおいしいカレー」を作るための一冊。カレー調理における注意点やコツ、スパイスの選び方、そもそもカレーのおいしさとは何か、そして自分でカレーを作る際、どんなカレーを目指すべきなのか、などなどについて書か…

『ちぐはぐな身体 ファッションって何?』/鷲田清一

哲学者の著者が、ファッションについて、あるいは、人が自分の身体をどのように経験しているかについて、考察している一冊。 人の身体というのは、<像(イメージ)>だと鷲田は言う。身体の全表面のうち、人が自分の目で見ることができる部分はごく限られて…

『次の東京オリンピックが来てしまう前に』/菊地成孔

菊地成孔が2017年から2020年までWebマガジンに連載していた記事に加筆修正し、一冊にまとめたもの。東京オリンピックを始めとする時事ネタはもちろん、音楽、映画、鰻、タクシー、ファミレス、メルカリ、人間ドック、読売新聞、ドナルド・トランプ、ざわちん…

『ミルクマン』/アンナ・バーンズ

独特な文体が魅力的な、アンナ・バーンズのブッカー賞受賞作。北アイルランドとおぼしき名前のない町を舞台に、主人公である18歳の「私」(趣味は歩きながら19世紀の小説を読むこと)が反体制派の有力者たる「ミルクマン」なる男にストーカーされたり、「メ…

『職業としての政治』/マックス・ヴェーバー

第一次世界大戦後の1919年、ヴェーバーがミュンヘンの学生団体向けに行った講演をまとめたもの。まずヴェーバーは、トロツキーの言葉を引いて、「すべての国家は暴力の上に基礎づけられている」と言う。 近代国家は、この暴力行使の権力を独占するべく、その…

『あるノルウェーの大工の日記』/オーレ・トシュテンセン

現役のノルウェー人大工であるトシュテンセンによる日記本。オスロ市内に暮らすペータセン一家から、「屋根裏を居住用にリフォームしたい」という依頼の電話を受けるところから始まる、半年あまりにわたる仕事のあれこれが綴られている。全編通してほとんど…

『わたくし率 イン 歯ー、または世界』/川上未映子

ひたすら饒舌というか自意識をそのまま垂れ流しにしたような、大阪弁と丁寧語が混じった、どろっとした文体が特徴的な中編だ。語り手の「わたし」は、人の思考は脳ではなく奥歯でなされているとかんがえている不思議ちゃんで、生まれる予定のない自らの子供…

『ミッテランの帽子』/アントワーヌ・ローラン

神秘的な力を持った帽子を中心に、さまざまな登場人物たちの人生模様を描いていく連作短編的な構成の小説だ。料理、ワイン、ファッション、香水、音楽、絵画、テレビ番組などなど、80年代中盤のフランスのカルチャーがたっぷりと盛り込まれているところがた…

『チャリング・クロス街84番地 書物を愛する人のための本』/へレーン・ハンフ

1949年、ニューヨークに暮らす脚本家のハンフは、ロンドンはチャリング・クロス街84番地の絶版本専門の古書店、マークス社に宛て、ほしい書籍のリストーー地元では手に入れにくい英文学の本たちのリストーーを手紙で送る。マークス社の店員ドエルは入手した…

『火星の人』/アンディ・ウィアー

有人火星探査を行っていた宇宙飛行士のワトニーは、猛烈な砂嵐によるミッション中止によって火星を離脱する際、不運な事故でひとり火星に取り残されてしまう。不毛の大地にただひとりの人類として、彼は限られた物資と己の知識のみを武器に、なんとか生き延…

『めぐり逢わせのお弁当』

Amazon Primeにて。インド映画なのだが、絶世の美女とマッチョなおっさんが歌と踊りで騒ぎまくる極彩色のインド映画とはまったく異なるテイストの、音楽は控えめ、カラーパレットは暗め、カメラワークはゆったり目で間を重視した、かなりヨーロッパ的な、し…

『本の読める場所を求めて』/阿久津隆

本の読める場所を求めて作者:阿久津隆朝日出版社Amazon "本の読める店"fuzkueの店主である著者が、文字通り「本を読むための場所」としてのカフェを作ろうと決意し、生み出し、それを運営していく上での思考の過程や、試行錯誤のようすについて書いている一…

『理由のない場所』/イーユン・リー

イーユン・リーによる長編第3作。16歳で自殺した少年と、作家であるその母親との対話だけで構成されている小説だ。 自身の内面深くに沈潜し、想像し、書くこと、そうしてフィクションを作り出し、フィクションのなかで生きること――たとえそこが「理由のない…

『ギルガメシュ叙事詩』

古代オリエント最大の神話文学にして、世界最古の叙事詩とも言われる「ギルガメシュ叙事詩」のアッシリア語原文ーー粘土書板に楔形文字で刻まれたーーからの日本語訳。 紀元前2500年頃に生み出された人類最古の物語が、生と死を扱った、極めて根源的な「行き…

『若い人のための10冊の本』/小林康夫

タイトルの通り、小林が10代の若い人に向けて10冊の本を紹介する、という一冊。それだけではものすごくありきたりで退屈な本――いわゆる教養ガイド本的な――になりそうなものだけれど、そこは小林、自身の若いころの読書体験を引きながら、本を読むとはどうい…

『零度のエクリチュール』/ロラン・バルト

バルトの処女作。とにかくわかりづらい文章が多く、よく理解できたとは到底言えないのだけれど――それでも、大学生の頃にちくま学芸文庫版を読んだときよりかは幾分ましだったとおもう――簡単にノートを取っておくことにする。 * 本書におけるバルトの主張は…

『月と六ペンス』/サマセット・モーム

じつはモームの長編ははじめて読んだのだったけれど、いやーむちゃくちゃ面白い小説だった!エンタテインメント的なストーリーのドライブ感を持ちながらも、相当に複雑な人間の像が描き出されており、読書の愉しみを十全に味わせてもらった。 本作は、作家で…

『オリバー・ツイスト』/チャールズ・ディケンズ

本作は、オリバー・ツイストという少年の成長物語ではない。一種の貴種流離譚であり、オリバーの彷徨を利用して社会の低層を描いた作品だと言った方がいいだろう。なかなかの長編ではあるのだけれど、はっきりとオリバーの目線から描かれるパートは前の半分…

『シーモアさんと、大人のための人生入門』

UPLINK Cloudにて。50歳でコンサートピアニストを引退し、80歳を過ぎてもなおピアノ教師を続けている、シーモア・バーンスタインの姿を描いたドキュメンタリー。とっても地味で静かな映画ではあるものの、全編に流れるピアノの音色が素晴らしい、なかなか素…

『ブリージング・レッスン』/アン・タイラー

アン・タイラーは、とにかくふつうの市井の人々の描写というやつがむちゃくちゃに上手い。というか、そもそも彼女の小説はすべて、そういった人々を描いたものだと言ってもいい。ひとくせもふたくせもあることは間違いないけれど、でも本当に平凡な人々、に…

『ローマ人の物語 (3)・(4)・(5) ハンニバル戦記』/塩野七生

文庫版3〜5巻では、「ハンニバル戦記」というタイトル通り、ローマに攻め込んだカルタゴの天才、ハンニバルと、それに立ち向かっていったローマの武将たちとの戦いの数々が描かれている。1,2巻で扱われていたような法制度や国家の成り立ちの話は少なく、戦記…