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本、映画、音楽の感想など。

本-文学

『闘争領域の拡大』/ミシェル・ウエルベック

ウエルベックの小説第一作。この自由資本主義社会において、人間の闘争の領域は、経済領域のみにとどまらず、性的領域においてまで拡大している。経済の自由化を止めることができないのと同様、セックスの自由化もやはり止めることはできず、そこには必然的…

『怒りの葡萄』/ジョン・スタインベック

1930年代、折からの大恐慌に加え、厳しい日照りと大砂嵐が続いたことで、アメリカ中西部の小作農たちの多くは土地を失った。銀行と大地主たちは彼らの土地をトラクターで耕し、資本主義の名の下、合理化を進めていく。土地を追い出され、流浪の民となった彼…

『かもめ』/アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ

ニーナとトレープレフの立場というのは、物語の開始時点ではほぼ同等のものだと言っていいだろう。彼らはふたりとも、何も持っておらず、ただ淡い希望だけを胸に、あいまいな夢を見ている若者にしか過ぎない。そんなところに、トレープレフにとっての乗り越…

『三人姉妹』/アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ

『桜の園』で競売の場面が描かれないのと同様に、『三人姉妹』においても、ドラマを推進していく事件そのものが舞台上で描かれることはほとんどない。第三幕の火事や、第四幕のトゥーゼンバフの死は、あくまでも背景に位置するもので、人物たちはその状況に…

『桜の園』/アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ

本作でまずおもしろいのは、誰も本気で「桜の園」を守りたい、とはおもっていなさそうなところだ。いや、正確には、「桜の園」を守るための具体的な行動を誰ひとり取ろうとしない、というところだ。ラネーフスカヤも、その兄ガーエフも、娘のワーニカとアー…

『オネーギン』/アレクサンドル・セルゲーヴィチ・プーシキン

本作の主人公、エヴゲーニイ・オネーギンは、19世紀ロシア文学によく登場する「余計者」の原型、と言われているけれど、その造形はいまでもじゅうぶんに興味深いものだ。知識だけはあるが、それを生かすための興味や活力、指針といったものを持っていないが…

『ひとさらい』/ジュール・シュペルヴィエル

シュペルヴィエルの長編。以前に読んだ『海に住む少女』が完璧に素晴らしい作品だったので、それと比べてしまうとやはりどうしても落ちる、という印象はあった。でも、これはこれでなかなかおもしろい小説だ。 物語の主人公は、ビグア大佐という男。父性溢れ…

『女のいない男たち』/村上春樹

村上春樹の2014年作。短編集としては、前作『東京奇譚集』から9年ぶりの新作ということで期待して読んだのだけれど、これは素晴らしかった。『1Q84』あたりから、村上の作品の雰囲気はそれまでよりぐっと静謐なものになっているように感じられていたのだけれ…

『写字室の旅』/ポール・オースター

オースターの2007年作。シンプルな四角い部屋のなかに、老人が一人。彼には何の記憶もない。部屋の天井には隠しカメラが設置されており、その姿を撮影し続けている。やがて、彼の元をさまざまな人物が訪ねてくるのだが…! 長編と呼ぶには分量少なめの本作は…

『天使の囀り』/貴志祐介

Kindleにて。手堅いサスペンス・ホラーものを得意とするエンタメ作家、貴志祐介だけれど、今作は怖いというよりも気持ち悪い、それも超絶気持ち悪い一作だと言っていいだろう。何が気持ち悪いのか、ってところは本作のサスペンス要素に大きく絡んでくるので…

「クロイツェル・ソナタ」/レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ

イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)作者: トルストイ,望月哲男出版社/メーカー: 光文社発売日: 2006/10/12メディア: 文庫購入: 7人 クリック: 44回この商品を含むブログ (35件) を見る 嫉妬がもとで妻を刺し殺すに至った、ある…

「イワン・イリイチの死」/レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ

舞台は19世紀ロシア。世俗的な成功を手にした中年裁判官、イワン・イリイチという男がふとしたきっかけで病に倒れ、数ヶ月の苦しい闘病の末に死んでいく…という一連の流れを描いた物語だ。 イワン・イリイチという男は、ごく平凡な性格と人生観とを持った主…

『ムーミンパパの思い出』/トーベ・ヤンソン

ムーミンパパの思い出 (ムーミン童話全集 3)作者: トーベ・ヤンソン,Tove Jansson,小野寺百合子出版社/メーカー: 講談社発売日: 1990/08/23メディア: 単行本購入: 4人 クリック: 73回この商品を含むブログ (22件) を見る 「ムーミン童話全集」の三冊目。ムー…

『時は乱れて』/フィリップ・K・ディック

時は乱れて (ハヤカワ文庫SF)作者: フィリップ・K.ディック,Philip K. Dick,山田和子出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2014/01/10メディア: 文庫この商品を含むブログ (5件) を見る ディックの1959年作。かなり初期の作品だけれど、なかなかおもしろく読め…

『とどめの一撃』/マルグリット・ユルスナール

とどめの一撃 (岩波文庫)作者: ユルスナール,Marguerite Yourcenar,岩崎力出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1995/08/18メディア: 文庫 クリック: 3回この商品を含むブログ (4件) を見る 物語の舞台は第一次大戦の終盤、ロシア革命期のバルト海沿岸。反ボル…

『赤と黒』/スタンダール(その2)

赤と黒(下) (新潮文庫)作者: スタンダール,小林正出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1958/05/22メディア: 文庫購入: 3人 クリック: 10回この商品を含むブログ (44件) を見る 前回のエントリでは、「ジュリヤンにとって、出世や恋の成就といったものはあくま…

『赤と黒』/スタンダール

赤と黒(上) (新潮文庫)作者: スタンダール,小林正出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1957/02/27メディア: 文庫購入: 3人 クリック: 31回この商品を含むブログ (56件) を見る 『赤と黒』で描かれているのは、極度に利己主義的でプライドが高く、と同時に、異様…

『贖罪』/イアン・マキューアン

贖罪作者: イアンマキューアン,Ian McEwan,小山太一出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2003/04メディア: 単行本購入: 2人 クリック: 195回この商品を含むブログ (36件) を見る クラシカルな文芸大作の体裁をとった、マキューアン流のラブストーリー。とはいっ…

『絵のない絵本』/ハンス・クリスチャン・アンデルセン

貧しい絵描きの若者を慰めるため、月は夜ごとにやって来ては、一晩に一話ずつ、これまでに見てきたさまざまなできごとを語って聞かせてくれました…という形式で書かれた、連作の短編集。一編あたり4,5ページくらいの長さのものがほとんどなので、短編という…

『『嵐が丘』を読む ポストコロニアル批評から「鬼丸物語」まで』/川口喬一

『嵐が丘』を読む作者:川口 喬一みすず書房Amazon 『嵐が丘』に関するさまざまな文学批評、読みの方法が取り上げられた一冊。さすが古典と言うべきか、ロマン主義の表現主義的批評から始まって、リアリズム批評やマルクス主義批評、ニュー・クリティシズムや…

『嵐が丘』/エミリー・ブロンテ(その2)

前回のエントリでは、本作の登場人物は全員が全員、超エゴイストだという話を書いたけれど、『嵐が丘』を『嵐が丘』たらしめているのはやはり、ヒースクリフという人物の造形だろう。彼の復讐にかける異様なほどの執着心こそが、本作全体の激烈さの震源地な…

『嵐が丘』/エミリー・ブロンテ

いやーおもしろかった!さすがは古典中の古典、これを読んで何の感興も抱かない人などどこにもいないだろう、っておもえるくらい、パワフルで心揺さぶられずにはいられない、文字通り嵐のように激しい小説だった。物語の舞台は19世紀のイングランド北部、ヨ…

『こうしてお前は彼女にフラれる』/ジュノ・ディアス

こうしてお前は彼女にフラれる (新潮クレスト・ブックス)作者: ジュノ・ディアス,都甲幸治,久保尚美出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2013/08/23メディア: 単行本この商品を含むブログ (17件) を見る 前作『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』にも出てきたユ…

『アリーテ姫の冒険』/ダイアナ・コールス

「かしこい」お姫様、アリーテ姫が、男たちの悪巧みをひらりひらりとくぐり抜け、強く、どこまでも自然体のままで生きていく…という童話。古色蒼然とした「お姫様」像を塗り替える、頭脳派で行動派、プラス思考なヒロインが魅力的な物語だ。 「姫、おまえが…

『たのしいムーミン一家』/トーベ・ヤンソン

たのしいムーミン一家 (ムーミン童話全集 2)作者: トーベ・ヤンソン,Tove Jansson,山室静出版社/メーカー: 講談社発売日: 1990/06/22メディア: 単行本購入: 5人 クリック: 16回この商品を含むブログ (16件) を見る 「ムーミン童話全集」の二冊目。ある春の日…

『チャイルド・オブ・ゴッド』/コーマック・マッカーシー

チャイルド・オブ・ゴッド作者: コーマック・マッカーシー,Cormac McCarthy,黒原敏行出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2013/07/10メディア: ハードカバーこの商品を含むブログ (22件) を見る マッカーシーの1973年作。長編としては3作目、『すべての美しい…

『オズワルド叔父さん』/ロアルド・ダール

ダールの長編。オズワルド叔父さんなる男――「鑑定家、陽気なお人好し、蜘蛛と蠍とステッキの蒐集家、オペラ愛好家、中国磁器の権威、女たらし、それにたえて偉大なる姦夫でなかったためしはない」男――がいかにして巨万の富を築くに至ったか、についての物語…

『ソーラー』/イアン・マキューアン

ソーラー (新潮クレスト・ブックス)作者: イアンマキューアン,Ian McEwan,村松潔出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2011/08メディア: 単行本 クリック: 10回この商品を含むブログ (4件) を見る ちび、でぶ、はげでジャンクフードと女が大好き、ノーベル賞を受…

『ムーミン谷の彗星』/トーベ・ヤンソン

ムーミン谷の彗星 (ムーミン童話全集 1)作者: トーベ・ヤンソン,Tove Jansson,下村隆一出版社/メーカー: 講談社発売日: 1990/06/22メディア: 単行本購入: 3人 クリック: 42回この商品を含むブログ (28件) を見る 以前、堀江敏幸『回送電車』で、「ヤンソンの…

『バーデンハイム1939』/アハロン・アッペルフェルド

本作には、いわゆるホロコーストものによくある、強制収容所での生活やガス室送りの恐怖などに関する描写は一行も含まれていない。わかりやすく感傷的なエピソードはほとんど発生せず、ひたすら淡々とした叙述が続いていくために、いくら読み進めていっても…