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本、映画、音楽の感想/レビューなど。

『持たない暮らし』/下重暁子

持たない暮らし

持たない暮らし

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作品概要・所感

元アナウンサーのエッセイスト、下重暁子が、ものを「持たない暮らし」について語った一冊。一見、よくある類のミニマリズムや丁寧な暮らしを提唱する類の本のように見えるものの、本書が比重を置いているのは、むしろその前提として自分なりの価値観を確立せよ、ということだ。

随分前に読んだ本だが、いくつか抜き書きしていた言葉がいまの自分にしっくりくる内容だったので、書き残しておく。

自分なりの価値観こそが、その人の値打ち

ものを書く作業は、自分への執着以外の何ものでもない。その私が、『持たない暮らし』などという本を書くのは、おこがましいのは承知の上、人一倍自分への執着が強いがために、むしろ理想として執着のない暮らしをしたいと願っているのだ。(p.28)

「ものを書く作業は、自分への執着」。そうかもしれない。ものを書くというのが、自分の内面と向き合い、自分の考えを発展させようとする試みであるとすれば、それは自分に執着するということでもあるだろう。俺の場合、ものを書くのがどこか億劫になったり、書いたってしょうがないし、という気分になったりすることが年々増えてきていたのだけれど、それは自分への執着が薄れてきていた、自分の理想の追求をどこか諦めるようになってきていた、ということでもあったような気がしている。

自分の年齢や環境を考えれば、それもむべなるかな、とおもわないこともない。が、それと同時に、そこはちゃんと抗っていくべきだろう、抗わなくなったら終わりじゃないのか、という気もしている。下重のような年齢になっても本当に自分ごととして生を生き切っていくためには、自分をしっかりと持ち、自分を貫き続ける必要があるはずなのだ。

個性とは何か。人と違うことだ。同じことを個性とは言わない。「持たない暮らし」とは、その意味で個の暮らしだ。個性的な暮らしと言い換えてもいい。自分で考え、自分で選び、自分が必要なものを自分のお金で買う。「持たない暮らし」を実行するためには、個が確立していることが必須条件である。(p.30-31)
多少変わり者といわれても、自分を貫かないと、気がついたときは他人が価値の基準となり、自分の価値観を失ってしまう。/どんな価値観をもつことができるかが、その人の値打ちである。(p.169)
人と同じことはしない。必ず違うことをすると考えておいてもいい。友達が買ったものと同じ物は買わない。必ず違うものを買う。他人の意見にしたがうのではなく、自分の意見をもつ。万一同感と思う場合には「同感」と言った後で、そのことを自分なりに解釈して、違う表現をして言ってみる。主語は「夫」や「子供」や「友達」ではなく、「自分」にする。 「私は……」とはじめれば自分の考えを言わざるを得ない。 そうやって自分で考え、自分で決めればその結果がどうなろうと納得がいく。自分で責任をとらざるを得ない。いつも人の考えにしたがっていると、自分で決断せず、自分で責任をとらず、一生人のせいにして生きてしまう。(p.183)

上のような下重の文章を読んでいると、そうだよな、と勇気づけられるような気持ちになるのと同時に、俺はそんな風に自分なりの価値観や考えを持って、自分自身で決断できているだろうか?ともおもわされる。いや、自分なりの価値観を持ってはいるものの、それが適切にアップデートされていないような感じがする、というか…。この社会で、労働者として生きている限り、そういうものはいくらでも蔑ろにできてしまうのだ。

何が必要で、何が必要でないか。何が大切で、何が大切でないか。そういった価値判断を自分なりに正しく行うためには、しっかりとした個を確立していくことこそが肝要であるーーその先に、「持たない暮らし」という選択肢があり得るーーというのが下重の主張だと言えるだろう。ものを書く作業というのは、自分への執着には違いないけれど、それと同時に、そんな個の確立のための訓練になり得るものでもあるだろう、とおもう。

「羅生門」/芥川龍之介

作品概要・所感

世は平安末期。方丈記に描かれている、秩序が崩壊しきった末法の世、略奪行為が常習化した万人の万人に対する闘争状態の時代である。主から急に暇を出された下人は、今後生きていくためには「盗人になるよりほかに仕方がない」とおもいつつも、その勇気を出すことができず、センチメンタリズムに捕われている。

雨の夜をやり過ごすために羅生門の高楼に上がった下人は、そこにいくつも転がる死体と、そのなかの女の死体から髪の毛を引きちぎっている老婆の姿を目にする。とっさに老婆を「許されざる悪」だと考えた下人は、老婆を引き倒す。そして老婆から、彼女の行為の理由は「髪を抜いて鬘にしようと思った」からだということを聞き出す。薄暗闇の羅生門の高楼、しかも周囲には死体がごろごろ、そこで死体から髪の毛をむしり取る老婆、という、退廃的なムード満点のシチュエーションからするとなんとも味気ない答えに、下人はどこか失望してしまう。

老婆は「だいたいこの女も悪いやつだった」とか、「餓死しないためにはこうするより仕方がないのだ」といった自己正当化の弁明をし始めるが、その言い草を聞いているうちに、下人は「或勇気」を得るに至る。この新たなる価値観を得た下人は、もはや何の迷いもなくその場で老婆から衣服を追い剥ぎし、彼女を蹴倒しては、羅生門の外、「黒洞々たる夜」の底へと駆け去っていくのだった…!ものすごく有名な短編だが、なかなか独特の味わいがある一編だと言っていいだろう。

しかし、これを聞いている中に、下人の心には、或勇気が生まれて来た。それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。そうして、又さっきこの門の上へ上がって、この老婆を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。下人は、餓死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。その時の、この男の心もちから云えば、餓死などと云う事は、殆、考える事さえ出来ない程、意識の外に追い出されていた。(p.16)

末法の世で生き延びるための「或勇気」

老婆の弁明を聞いたことで、どういうわけか、下人のなかに「或勇気」が生まれ出てきて、そこからひといきに決断に至ってしまう。というところが本作のもっともおもしろいところだろう。

欲望とは常に他者の欲望である、と言ったのはラカンだが、これを踏まえるならば、下人が「或勇気」を得たのは、老婆の行為が末法の世における生存論理を示していることに気がついたからだ、と言うことができるかもしれない。つまり彼は、既存の倫理観の崩壊によって生まれた新たな「他者の要求」を聞いたのだ。そして、この論理こそが、下人が物語冒頭から抱えていた「盗人になる」というアイデアを、「許されざる悪」から「生きるための必然的な手段」という新たな規範へ転換させる大義になったというわけだ。老婆の言い分は、下人の欲望にいわば社会的なお墨付きを与えてくれたのである。

下人が置かれていた状況は一見特殊なものに見えるかもしれない。しかし、本作が描く、世のなかにおける人間のありよう――生きていくためには、自分なりの考えを持ち、それに基づいて行動していくことこそが必要だというのは――現代でも別にそう変わらないことではないか、という気がする。いまの世界だって、「いかに生きるべきか」なんて規範は、少なくともこの日本社会においては与えられていないだろう。資本主義の論理に従って市場競争に邁進し、資本の増殖に寄与することが唯一の規範、ということはできるかもしれないけれど…。既存の価値観が崩壊した世のなかにおいては、個が自ら生きるための論理を構築しなければ生き延びることなどできはしない、という話として、俺は本作を自分に引き寄せるようにして読んだのだった。

「泥の河」/宮本輝

作品概要・所感

宮本輝のデビュー短編。いろいろな場面に妙に既視感があるな…と思って調べてみたところ、中学入試などの国語の問題によく利用されていた作品ということだった。10歳前後の自分が本作に対して何らの感興も覚えなかったであろうことはほぼ確実なのだけれど、40手前のおっさんとなったいま読んでみると、いや、これはなかなかに切なく、染み入る作品だった。

時は1955年(昭和30年)、高度経済成長期に突入する直前。大阪は中之島、安治川の河口近くにある食堂の子である信雄と、河に停まっただるま船で暮らす子、喜一の家族とのひと夏の物語だ。作品の構図はシンプルで、経済成長の波になんとか乗ることができた者たちと、乗り損じた者たちとの明暗が、泥の河での生活を通して描かれていく。

80ページあまりのなかに、ねっとりと湿った夏の空気と死の匂い、行き場のない怒りや罪の意識、ただ見ていることしかできないことの哀しみ、などがぎゅぎゅっと無駄なく詰め込まれており、一読して、シンプルに上手い作品だなーとおもわされる。完成度の高さゆえか、登場人物や出来事の配置にはやや図式的な印象が感じられるところはあるけれど、それでも忘れがたいシーンがいくつもある。

いちばんしあわせなとき

たとえば、以下の場面の哀しい美しさ。もう、ごく単純に会話が良いのだ。喜一の姉である銀子と信雄とのシーン。

調理場の奥でしゃがみ込んでいた銀子が、驚いたように顔をあげた。
「何してんのん?」
銀子は恥かしそうに笑った。そして信雄を招き寄せた。米櫃の蓋があけられていた。
「お米、温いんやで」
そうささやいて、銀子は両手を米の中に埋めた。
「冬の寒いときでもなあ、お米だけは温いねん。のぶちゃんも手ェ入れてみィ」
信雄は言われるままに、手を米櫃に差し入れると肘のへんまで埋めた。少しも温いとは思わなかった。汗ばんでいた手は逆に冷やされていった。
「冷たいわ……」
信雄は手を引き抜いた。両手は真っ白になっていた。
「うちは温いわ」
銀子は両手を埋めたままじっとしていた。
「お米がいっぱい詰まってる米櫃に手ェ入れて温もってるときが、いちばんしあわせや。……うちのお母ちゃん、そない言うてたわ」
「……ふうん」(p.74-75)

地の文を含めてまったく無駄がないのがもう上手過ぎるという感じなのだが、「冷たいわ……」「うちは温いわ」というやり取りのスピード感がとくに泣ける。同じ米櫃に手を入れていても、ふたりが感じているもの、ふたりが属する世界はまったく違う。その違いを、宮本はただこのごく簡潔な会話だけで示してみせているのだ。

『グリニッチヴィレッジの青春』/スージー・ロトロ

作品概要・所感

『THE FREEWHEELIN' BOB DYLAN』のアルバムジャケットで有名な、ボブ・ディランの当時の恋人、スージー・ロトロによる回想録。60年代前半のグリニッチヴィレッジやフォークシーンのようす、そしてもちろん恋人目線でのボブ・ディラン像が描かれている。

とはいえ、何かを暴露するような向きはまったくなく、芸術家/人間としてのボブ・ディランをリスペクトし、冷静な筆致で当時のできごとや心情を描いているところが良い。文章全体から、真摯で誠実な姿勢が感じられるのだ。

わたしは長いあいだ、ディランの人生のなかの自分の役割をたいしたものではないと考えてきた。そんなものはなかったと考えようとしてきた。強引に訊きたがる人には、表面的な情報を教えて逃れた。ほんとうのところは、彼の歌がすべてを語っていると考えている。歌は、彼が経験した気分や感覚を翻訳した形で語っている。ボブの歌はすべて自分自身のためのものであり、自分自身に向けたものだ。彼は自分の声で、そして人の声を借りた形でそれをする。
ディランの歌のどれがわたしのことを歌っているというようなことは言いたくない。それは、彼が世界に向けて送りだした作品を損なうことにつながる。歌は聴き手のものだ。歌を聴き、それに自分を重ね合わせ、それぞれの経験を通して解釈をする聴き手のものだ。(p.332)

本書はあくまでもロトロの自伝であるので、ディランとはとくに関係のない話にもかなり多くのページが割かれている。たとえば、イタリア系の両親のもとで「赤いおむつの子」(←共産主義者の家庭で生まれた子供はこう呼ばれていたらしい)として生まれ、やがて公民権運動にコミットし、キューバ革命後には同国へこっそり渡ってカストロやチェ・ゲバラとも面会したりなどといった政治的活動の話や、絵画や演劇といった芸術に魅せられ、さまざまな創作を行っていた日々についてもたっぷりと描かれている。

しかしそれらの各シーンや自身の心情の描写がいずれもやたらと細かいところがすごい。読んでいて、そんなにしっかりと覚えているものか…?とおもってしまうくらいなのだけれど、いや、でも青春時代とはそういったものであるのかもしれないな、という気もする。俺自身、10代後半〜20代前半の頃の記憶と、ここ10年くらいの記憶を比較してみて、どちらが色鮮やかに想起されるか、って言ったら、それはもう前者に決まっているのだし。

歴史的証言であると同時に、普遍的な青春の物語

そういう意味では、本書は60年代のグリニッチヴィレッジのシーンに関する歴史的証言であるのと同時に、ひとつの普遍的な青春の物語でもあるということができるだろう。そして、ディランとロトロのストーリーというのもまた、「特殊な才能に恵まれた世紀の天才とその恋人の話」であるのと同時に、「若いふたりがはじめて互いの根本的な違いを認識し、それにとまどったり衝突したりしながらもなんとか進んでいこうとするごくありふれた話」であるということができるのかもしれない。

若い自分を捧げてだれかのために奉仕する――それはわたしには絶対に堪えられない考え方だった。わたしは自分が生きることに興味があり、そのための模索をしているのだった。だれだれの女としかみられないのは、いやだった。ボブ・ディランのギターの弦の一本になどなりたくなかった。ボーイフレンドがいるからといって、その人の一歩うしろを歩き、その人が捨てた飴の包み紙を拾って歩かなくてはいけないなどということが、あっていいはずがない。(p.293)
彼は彼の側から考え、わたしはわたしの側から考え、そうやってふたりとも疲れ果てた。話はたくさんしたが、ほんとうの意味で伝わる話はしていなかった。わたしたちはふたりとも感受性が強く、いつも神経を尖らせていた。まわりから別のプレッシャーもかかった――あの男はよくない、あの女はふさわしくないと。このままではいけないと思っていたが、つぎの一歩が踏み出せなかった。(p.309-310)

『あの素晴らしき七年』/エトガル・ケレット

作品概要・所感

イスラエルの掌編作家、ケレットによるエッセイ集。いずれも4、5ページ程度というコンパクトな文章たちが収められている。文体はどこまでも軽やかでユーモラスで、どんなシーンでも常に笑いや斜めから見る姿勢を忘れない、というのが特徴だと言っていいだろう。

もっとも、ケレットはテルアビブに暮らすユダヤ人作家であり、その両親はホロコーストの生存者でもある。各編は、ユダヤ人であること、いつテロや爆撃の被害にあうかわからない状況であること、といったヘヴィな歴史と現実とをどこかで感じさせるものになってもいる。彼の文章の軽やかさは、困難な状況に屈せずにいるためにひねり出されたものであるのかもしれない。

見込みの低そうな場所でも、なにかいいものを見つける

日本で暮らしていると、戦時下のイスラエルに暮らす市井の人々の思考や葛藤といったものについて、リアリティを持って想像力を巡らせるのはなかなか難しいことではあるけれど、本書はそれらがどういったものであるのかを垣間見せてくれる一冊だと言えるだろう。イスラエルにだってパレスチナの死者に対して哀悼の意を示す人はいるし、ひとくちにユダヤ教徒といってもその信仰に対するかんがえ方にはかなりのグラデーションがある。そして、どんな立場であろうと、彼らにも日々の生活というものがある。空襲警報に怯えながらも、なんとか乗りこなしていかなくてはならない日常があるのだ。そのなかで時間は流れ続け、子は生まれ成長し、やがて親は老いて死んでいく。

また、本作はイスラエルの作家による自伝的な作品であるのと同時に、ひとつの家族の物語でもある。収められた日常のエピソード――ちょっとした、とはいえ本人たちにとってはなかなかに深刻なトラブルや不条理なできごとたち――はいずれもどこかキュートでポップ、くすっと笑えてしまうような、家族ものの作品でよく感じられる類の、共感力に溢れたものになっている。

本書の最後に収められている、「パストラミ」はまさにその両軸のエッセンスがぎゅっとつまった一編になっていて、俺はこれがとても好きだった。高速道路を運転中、空襲警報が鳴り響き、道路脇に車を停める。民間防衛軍の指示に従って皆が道路に腹ばいになるなか、ケレットの息子は怯えて身動きできないでいる。彼に対し、ケレットはパストラミ・サンドイッチごっこをしようと提案する。

「パストラミ・サンドイッチごっこ、する?」とぼくはレヴに聞いた。 「なにそれ?」とぼくの手を離さないままレヴは問い返した。 「ママとパパはパンで」とぼくは説明した。「レヴはパストラミ。できるだけ早くパストラミ・サンドイッチを作るんだ。ほら!まずはままの上にねそべって」とぼくは言い、レヴはシーラの背中の上に乗っかって、あらんばかりの力で抱きついた。ぼくはその上に横たわり、二人の体がつぶれてしまわないように、湿った地面に腕を立てた。 「これ、いい気持ちするね」とレヴは言って笑顔を見せた。 「パストラミ役が一番でしょ」。下からシーラが言った。 「パストラミ!」ぼくが叫ぶ。 「パストラミ!」妻も叫ぶ。 「パストラミ!」レヴも叫ぶ。その声は震えているけど興奮のためか恐怖のせいかはわからない。(「パストラミ」p.177-178)

「どんなに見込みの低そうな場所でもなにかいいものを見つけんとする」(p.52)ケレットらしい、なんともユーモラスで美しいシーンだとおもう。